●秋
八束はじめ「ハイパー・デン・シティ―東京メタボリズム2」を読む。約半世紀後の未来へむけたプロジェクトでありながら、八束のテキストには強いニヒリズムが漂っている。
善悪の彼岸にあるコールハースの「ビッグネス」がニーチェ的だとしたら、八束の「悪の都市計画」はさながらドストエフスキーの「大審問官」である。
とはいえ、「密度」と「コンパクト」には原子力が不可欠なのか、不要なのか、結局なにひとつ触れていないのはやはり奇妙だと思う。
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八束はじめ「ハイパー・デン・シティ―東京メタボリズム2」を読む。約半世紀後の未来へむけたプロジェクトでありながら、八束のテキストには強いニヒリズムが漂っている。
善悪の彼岸にあるコールハースの「ビッグネス」がニーチェ的だとしたら、八束の「悪の都市計画」はさながらドストエフスキーの「大審問官」である。
とはいえ、「密度」と「コンパクト」には原子力が不可欠なのか、不要なのか、結局なにひとつ触れていないのはやはり奇妙だと思う。
今日でオペラ・シティのこの展示が終了するので、あわてて見にいってきたのだ。